霜月文庫

霜月みかんの制作物についてまとめています。

神は8日目に何をしたか

"このちんけな箱庭で"(「人生オーバー」, harha, 2023)
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エッセイ

聖書によれば、神は天地を6日で創造し、7日目に休んだという。

天地創造

子供の頃、私は世界を作るのが大好きだった。罫線ノートに鉛筆で地図を描き、大陸や山、街などを生み出した。
大陸の北には山脈が広がり、北の地は寒冷で、麓に街が、山から流れる川は海に注ぎ、河口には三角州と港町が……
地理だけでなく、民族や彼らが住まう国を作り、どういった経緯で国が成り立ったかという歴史も書いた。
色々な世界観を生み出す遊びが好きだった。

なぜそんな遊びをしていたのか?
小学生の頃は、休み時間にノートを広げ、友達とごっこ遊びをしたものだった。
幼稚なTRPGのようなもので、ノートはそのための世界地図だった。
家にパソコンが来てからは、ペイントソフトで、それこそ紙面を気にせずに沢山の世界を作れた。

それだけで楽しかったし、世界を作れば、何かが勝手に動き出すと、少年は思っていたのだった。

多感な時期は何でもやってみたくなるもので、小説にも興味を持ち、文章をこねくり回していた。
いくつかの気に入る話はできた。携帯電話のメモ帳に書いていたのでほとんどは失われたが、今でもそのうちの一編だけは、奇跡的にHDDにコピーされている。

しかし、結局、今まで生まれてきた世界が動き出すことはなかった。
作家がよく言う「キャラクターが勝手に動き出す」なんてことが嘘っぱちなのだと気付いてからは、そういう遊びはしなくなっていた。
どれだけ舞台を用意しても、私が後押ししない限りは、何も動かないのだった。当然、代わりに動かしてくれる人なんていなかった。

こうして、天地は創造された。

8日目の朝

時は2025年。技術革新はすさまじく、生成AIで小説を書くなんてことは当たり前にできるようになっていた。

そんな折、パソコンのデータの奥深くに、昔作った世界の設定資料を見つけた。パソコンで作ったデータのたいていは、残していたのだ。
これは、やたらと込み入った話を作ってやろうと設定した世界で、貴族社会での陰謀や復讐劇が描かれていた。
この世界には珍しく地図は無く、キャラクターの設定と、歴史年表で構成されていた。

そこで、ふと思い立った。
この設定資料をLLMに与えれば、小説を出力できるのではないか?
試しに入力すると、設定を反映した短い話を出力してきた。

やはり、やはり、やはり。
そこからはあっと言う間だった。設定と年表を読ませてプロットを作り、プロットに沿って話を書かせる。
当然、設定と異なることを出力することもあるので、その都度修正して再生成……
これを繰り返していくと、歴史の最初から最後までにわたる、一続きの話ができたのだった。

楽しかった。
冗長な表現や細かな間違いは手直ししないといけなかったが、それでも3日もあればそれらしい話が完成したのだ。
内容は、人間が書く小説と比べると、描写も伏線も貧弱でひどいものだった。
しかし、小説としての面白さなんてどうでもよかった。
幼い日に創造し、長い7日目を終えた世界が、動き出したのが楽しかったのだ。

神は8日目に何をしたか?
自分が作った世界が動くのを見て、ニヤニヤしていたに違いないのだった。

何が楽しいのか?

小説なんて、自分で書くのが楽しいのに、それをAIにやらせて何が楽しいんだ?
小説だけでなく、イラストでも何でも、創作の分野では同じ意見が見られるし、それは正しいと思う。
文章を書く、絵を描く、それが目的の人にはまったくもって正しい。

しかし、それが目的でない場合、この意見は正しくない。
今回の場合は、世界観を作ることが目的であって、その世界の小説を書くというのは目的ではないのだった。
もちろん、文章を書くのは楽しい。しかし、文章を「書いてもらう」楽しさもあるのだと気付いた。

生成AIを使って、誰を主人公にするのかさえAIに決めさせ、物語を紡ぐ。
すると、同じ世界でも、さまざまな視点から世界を見ることができる。描く世界の種類は、ほぼ無限だ。
自分が想像もしなかった、どこかの小さな村の農夫が、その時代にどう生きたのか、そんな話でさえ読める。
自分の世界で、こんなにも沢山の人々が生きている。楽しくないはずがないのだ。

楽しみとする目的は、人によって、また、同じ人でもその時々によって異なる。
今回は「書いてもらう」楽しさのためにAIを使った。
これは、創作のための創作ではなく、消費のための創作なのだ。
書くことを楽しむのが目的なら、自分で書くに決まっている。
この違いが分からなければ、このエッセイが私自身によって書かれたのか、AIを使って書いたのかすら、分からないだろう。

今回の経験は、これまでの楽しみに加えて、AIが新たな楽しみ方を与えてくれた、そんな福音だった。

履歴

  • 2025.05.30 初稿